謎が深まるラスト・・・トラー牧師の求めていた理想とは?
『50年の歳月をかけて完成した、魂の解放ともいえる作品』
ポール・シュレイダー監督は、戒律の厳しいプロテスタントの家庭で育ち、映画などの娯楽は18歳まで、鑑賞したことがなかったといいます。
プロテスタントの中でも、カルバン派と呼ばれる宗派は、神の福音を厳守することで、真の自由を得るという考えがあり、監督はその教義の中で育ちました。
『魂のゆくえ』は、監督が長年向き合ってきた、魂の解放というテーマから、自らの魂を解放した作品という見方もできるでしょう。
映画『魂のゆくえ』の作品情報
- 公開年: 2019年4月
- 制作国:アメリカ・イギリス・オーストラリア
- 原題:First Reformed
- 配給会社:トランスフォーマー
- 監督:ポール・シュレイダー
- 脚本:ポール・シュレイダー
- 主演:イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライド
- キャスト:セドリック・カイルズ、ヴィクトリア・ヒル、 フィリップ・エッティンガー
【作品概要】
『魂のゆくえ』は、第91回 アカデミー賞(2019年)で、脚本賞にノミネートされたほか、多くの映画祭で主演男優賞などを受賞した作品です。
主演のイーサン・ホークは、もともとは作家志望で演劇をしていましたが、1989年に出演した『いまを生きる』で、俳優として注目を集めます。『トレーニング デイ』(2002)でアカデミー賞の助演男優賞、『6才のボクが大人になるまで。』(2015)で、ゴールデングローブ賞の最優秀助演男優賞にノミネートされました。2020年11月公開の話題作『ストックホルム・ケース』でも、主演を務めています。
同じく主演のアマンダ・セイフライドは、11歳からモデルとして活躍し、2000年にTVドラマで女優デビューしました。映画デビューは2004年の『ミーン・ガールズ』で、「マンマ・ミーア!」(2008)でブレイクしました。その後も『レ・ミゼラブル』(2012)などの話題作に多く出演しています。
これより先、『魂のゆくえ』のネタバレや結末の記載があるので、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
【あらすじ】
引用:『魂のゆくえ』オフィシャルサイト
映画『魂のゆくえ』を深掘りしてみました
エルンスト・トラー牧師は聖書の教えを人々に説いていく立場です。宗教理念を日々のくらしや人生にあてはめ、喜怒哀楽の意味を見出す生き方を説きます。
トラー牧師には一人息子がいましたが、彼の家系が代々従軍牧師であったことから、その一人息子に入隊を勧め、戦死させてしまったことで、心に深い傷を負っていました。
「ファースト・リフォームド」の創立250周年を目前に、にわかに慌ただしく従事する中、トラー牧師は“1年間”の限定付きで、日記をつけ始めました。
∴聖職者の苦悩
息子の死が原因で妻のエスターは家を出てしまいます。トラー牧師は1人で「ファースト・リフォームド」を切り盛りし、息子の死と向き合い、死の意味を見出すため葛藤していました。
ある日のミサで、妊娠した子供を堕胎するよう、夫から言われるメアリーという女性の相談をうけます。
トラーは聖職者の立場で、マイケルに命の尊さを諭します。 しかし、トラー自身が息子を戦場に送り、死なせてしまったことから、その教義に矛盾を感じてしまったのです。
●環境活動家のマイケル
メアリーの夫マイケルは、環境保護団体「グリーンプラネット」の活動家です。カナダでの抗議活動中に逮捕されましたが、釈放されてからは活動自粛をしていました。
ところが自粛生活中も、地球に及ぼす環境破壊を数値で追うあまり、絶望感から精神的にも追い詰められていました。
敬虔なクリスチャンのメアリーは、そんな夫とお腹の子を心配し、日曜ミサでトラー牧師に相談をしたのです。
●生命の尊厳と環境問題
トラー牧師のように聖職者が環境問題を考えた時に、教義的な観点で様々な考え方や捉え方ができます。
キリスト教ならば、地球は母なる星です。キリストの子である人間が自ら、その地球の環境を破壊をすることは、タブーという構図になるのです。
マイケルは地球が滅亡する日をカウントダウンし、滅びゆくと知っていて、我が子を産み落とすことに、罪を感じていました。
マイケルの話しと、死と直結していると知りながら、戦場に息子を送り出したトラーは、命の尊さ重さを明解に諭せず苦悶するのです。
∴環境活動家の心の闇
トラー牧師は教義を諭す立場でありながら、壊れゆくとわかっていて、新しい命を世に出す迷う、マイケルの気持ちにも共感してしまうのです。
それでも表向き「未来は自ら変えていくもの」と、諭さねばなりません。トラー自身も矛盾に苦しむこととなっていきます。
一方マイケルは、自宅の倉庫で自爆用ベストを作成していたと思われ、隠してあるのをメアリーが発見し、トラーに連絡をします。
●マイケルを自殺に導いたものは?
メアリーから連絡をうけたトラーは、爆弾ベストを持ち去っていきました。次の日、マイケルはトラーを呼び出しますが、トラーが待ち合わせの公園に行くと、彼が自殺しているのを発見します。
爆弾ベストを着てどこかで、自爆テロを起こそうとして、その失敗を苦に自殺をしたのでしょうか?
自殺の真相がわからないことに、違和感を感じました。環境問題に絶望し、死を選ぶということが直結しなかったのです。
逆にトラーには、信仰によってマイケルを心の闇から救えず、自責の念が増えただけでした。
●ニール・ヤングの「Who's Gonna Stand Up? 」
マイケルは生前、遺言を残していました。
それは遺灰を汚染された川に散骨し、讃美歌の代わりにニール・ヤングの「Who's Gonna Stand Up? 」を歌うというものです。
自然をそのままにしよう
未来の子供たちのために
植物、土、川を守るんだ
ダムも化石燃料も必要ない
誰が地球を守るために立ち上がるんだ?
全てが君と僕から始まるんだよ
いのちを生み出そう
僕らの息子と娘のために
マイケルの死をきっかけにトラーは、「環境汚染」について興味を抱き調べ始めます。すると聖職者であるがゆえに、環境破壊の実態に怒りがわくものでいた。
そしてその怒りは、息子を戦士させてしまった、「戦争」の正当化が見つからないことを、「環境汚染」問題の追及に向かう行動へ転化し、のめり込んでいきます。
∴トラー牧師の「心の闇」
トラーは息子の死と、それが原因で妻という心の支えも失い、その上胃がんに侵されていました。
1年間限定で日記をつける、というのはトラーの余命のことでしょう。
日々、聖職者として神の教えと照らし合わせ、自問自答をしながらくらしますが、覆されていくのです。
しだいにトラーのアルコールの量も増え、心身が崩壊していきます。トラーは信仰では自分の心を支えきれなくなり、自由と救済を探りはじめます。
●静かな心の崩壊
ある晩、メアリーが眠れないため散歩し、教会に救いを求めに来たといいます。そこでメアリーは、スピチュアル的な儀式「マジカル・ミステリー・ツアー」をしてみようと、トラーを誘います。
仰向けに横たわるトラーの上に、メアリーがうつぶせで重なるように横たわり、瞑想をはじめます。
その儀式はトラーに、地球の成り立ち、美しい風景を見せ、夢心地にさせた後で、滅びゆく幻をみせました。
それは、環境汚染による地球崩壊の脅威をトラーに植え付け、やがてトラーもマイケル同様に暴走を始めてしまいます。
●自由への解放
トラーは憑りつかれたように、マイケルが調査していた「環境破壊」に関することを調べ始めます。
その中で、教会の支持母体アバンダント教会と、周辺で環境破壊で問題のあったワースト企業バルク社が、癒着関係にあったと知ります。
母なる地球を破壊する企業と支持母体が、金銭で繋がっていることに怒りを覚えます。トラーの元を去った妻のエスターは、寄りを戻しトラーの助けになろうとします。
しかし、アバンダント教会の職員のエスターは、もはやトラーの敵であり心の自由を妨げる邪魔者でした。トラーは聖職者として強いてきた慣習(我慢)を捨て、自由を追求しはじめたのです。
∴自爆へのカウントダウン
ある日、アバンダント教会のジェファーズ牧師は、心身脆弱となったトラーにファースト・リフォームド教会の設立250周年行事から退くことを促します。
逆にトラーはジェファーズ牧師に、バルク社との癒着関係に対し、教会として環境問題に言及しない疑問をぶつけます。
ジェファーズ牧師は、「これも神の思し召しなら、トロイの時にも一度やっている」と、言います。
この時にトラーは、マイケルの残した自爆ベストを使い、バルク社の役員も出席する、250周年の記念行事の日に自爆をすると決め、カウントダウンのスイッチをいれます。
式典中に自爆を企てたトラーは、メアリーに教会には来ないよう、強く言いますがメアリーは来てしまいます。
トラーはメアリーの姿を見つけると自爆を断念し、洗浄剤で自殺を図ろうとし、そこにメアリーが現れ、トラーは自殺をとどまったようになります。
このシーンで唐突にラストを迎えます。この映画を観た方の多くは、この終わり方に違和感を感じたことでしょう。
∴メアリーはトラーの救世主「セントメアリー」?
●メアリーの存在とは…
メアリーは敬虔なクリスチャンであり、献身的な妻でもありました。しかし、マイケルの自殺もある程度、予期していたように取り乱すシーンもなく静かでした。
マイケルの葬儀は、バルク社の工場近くの汚染された川で営まれ、その模様がネットニュースに取り上げられました。
その時のメアリーの様子を見た時、実は彼女の方が地球の環境を守る、過激な環境保護活動家なのでは?とすら感じさせたのです。
環境活動家の悲劇の死と、残された身重の妻、バルク社が出した汚染物質で、汚染された川、ニールヤングの曲という構図で、抗議活動を演出したとは考えられないでしょうか?
●二人が死を選んだわけ
マイケルとトラーの自殺の動機は、同じだと考えられます。
環境破壊への悲観や絶望からではなく、自爆テロによって多数の人を死傷させようと目論んだことが、メアリーに知られてしまうのを恐れたからでしょう。
メアリーはマイケルのことを、人に暴力をふるうような人ではなく、争いごとも好まない夫だったと、話しています。
そして、トラー牧師は聖職者という立場だったから、愛する者に知られたくないことを、知られてしまったからです。
●救世主セントメアリー
時間になっても、式典に姿を見せないトラーを呼びに、ジェファーズは控えの部屋に行きますが、施錠されていたため席に戻っています。
その控え部屋にメアリーが登場したのが、非常に不思議でした。あれはトラーが死の間際に見た、救世主メアリーの幻影ではないでしょうか。
いつしかトラーは、メアリーに救いを求めていたのです。メアリーを聖なる者にしたて、真の魂の解放を果たすシーンに結びつけたのでしょう。
まとめ
この作品に関して言うのであれば、「教会」を存続させ、大きく発展させるためには、大きな支援も必要となり、その支援団体の特性特質によっては、宗教理念との隔たりが生まれ、矛盾が生じ、都合のいい解釈で正当化せざるを得ないこともあるでしょう。
そういった両者の利害関係を、わかりやすく描いていると言えばそうなるが、ストーリー展開が、淡々としすぎていてメリハリがなく、観る者によっては何を訴えようとしているのか?疑問だけが残ってしまう作品とも言えてしまいます。
神を信じる者にとって守るべきものはいったいなんなのか?
目先の支援のために臭いものに蓋をしてよいのか?
宗教者の立場でいえば、そういった苦悩を描いた話です。ラストシーンの解釈は、観る人の捉え方でいくつもあり、正解はありません。
ポール・シュレイダー監督の50年に及ぶ、構想の末に完成した『魂のゆくえ』は、監督の生涯を集大成させただけでなく、未来の地球に課題を残さないため、現代人の役割について、問いかけている映画でもありました。